の髪を留めた・・・ピンクの髪飾り
それを見るのはいったい何年ぶりなのだろうか・・・
「・・・似合うよ、その服」
「本当?良かった〜」
「ぷっ」
「なによ、笑うのは減点だからね、葉月君」
「ごめん、でも、まさか、な・・・」
の着ている服、髪留め・・・・どちらも見覚えのあるものだ
5、6年前のそれらのものは、少しばかりレトロな気もするけれど
今のにも案外似合っていて・・・懐かしさの中に新鮮さを感じたのは事実だった
森林公園の入り口から・・・噴水広場へ向かって、俺達は歩き始めた
ただ、いつもと違うのは、俺は前を歩き・・・は1メートルほど後ろをついてきていた
何を話すわけでもなく・・・と言うよりも、この場面は口をきいてはいけない
が提案した「デート」のルールに合わせて行動しながら、何だか俺は、いい具合に緊張していた
「珪、さっき欲しいものはないって言ったけど、やっぱりあった」
「ん?」
「3月14日、デートして、ね」
「デート?ああ・・・別にかまわない」
「あのね、普通のデートじゃダメなの」
「ん?普通じゃなくて、何なんだ?」
「初めてのデートをしたいの」
それからは、高校1年のときに、俺と初めてデートをした時のことを話し始めた
場所は森林公園・・・入学してすぐくらいで、いい天気の日だったらしい
その日みたいなデートをしたい、それがの言い出した「欲しいもの」だった
ルールはたった一つだけ、初めてとして振舞うこと
もちろん、付き合い始める前の状態をさしている
が一生懸命力説する初めてのデート・・・・
そのときの様子は、もちろん俺も覚えていた
でも俺には、が初めてのデートに何故こだわろうとするのかは、正直解らなかった
ただ、何も要らないといわれるよりは、が「欲しい」物をプレゼントしようと思った
そして、今日・・・そのデートの日がやってきた
俺は・・・何も言わないままに、ただ歩いた
広場へ出ると、噴き上げられた水が麗らかな春の日差しを受けて踊っている
「うわぁ、もうすっかり春なんだね」
噴水に近づいて・・・が水に手を入れた
いつもなら、隣で一緒に俺も水を触っているだろう・・・
ついでに濡れた手をわざとの服で拭こうとして怒られたりする
でも、今日は一歩離れて・・・噴き上がる水を後ろにして水と戯れるを眺めていた
「ねえ、葉月君、水はまだ冷たいよ」
立ち上がって振り返ったの後ろでタイミングよく水が天高く舞い上がった
キラキラと光る水柱を背にしたの髪が・・・風に吹かれ、揺れた
ドキン
胸の奥が・・・少し音を早める気がした
「どうしたの?」
近づいてきたは、いつもとは違う距離を保って・・・小首をかしげ上目遣いに俺を見た
「・・・・別に、なんでもない」
「葉月君!」
「え?」
「ううん、なんでもな〜い」
はそう言って肩をすくめた
それから俺達は・・・芝生広場までやってきた
この場所で、のんびりと昼寝をするのは、本当に気持ちいい
広い芝生の上、ところどころで子ども達が遊んでいるのも、いつもの風景だった
「まだ、全部は青くないんだね」
芝生は・・・まだところどころ枯れた草色をしている
そういわれてみれば、初めてのデートのとき、芝は青々としていた気がした
「ちょっと待っててね、今シート敷くから」
言いながら、ごそごそとカバンの中からレジャーシートを取り出した
これは、いつも見る光景・・・
何度もこの芝生には寝転んでるんだよな・・・俺達は・・・
「け、ぁっ、葉月君!そっちの端っこ押さえてくれる?」
言われて俺はレジャーシートを地面に押さえつけた・・・
自分で言い出した事なのに、呼び方を間違えそうになっているが可笑しかった
俺は靴を脱いで・・・はサンダルを脱いで、シートの上に座った
スカートの裾からすらりと伸びた脚を眺めながら・・・
いつもなら、膝枕なんだよな
と思うと、少し恨めしくなった
だから俺は、なるべくを見ないように・・・キャッチボールをしている親子連れを眺めたりした
「それでね、友達がね」
が話すのは・・・大学の友人の話
それから、卒業後の進路の話・・・
いつも聞いているような話しの延長・・・
何をというわけでもなく・・・俺は「ん・・」とか「ああ・・」とか言いながら聞いていた
『ちゃんときいてるの?』
そう怒ることもなく、はニコニコしながら、自分の事を話して聞かせてくれた
思い出してみれば、俺とは、昔・・・こんなペースで接していたのだろう
「葉月君、そろそろお昼寝する?」
「ん?ああ・・・そうだな、おまえも少し寝るか?」
「ううん、今は眠くない、飽きたら起こしてもいい?」
「ん・・・」
シートの上に仰向けに寝転んで・・・俺は習慣で左腕を伸ばした
この腕を枕にしてが寝転ぶのが、当たり前の行動だった
でもは「くすっ」と笑うと・・・腕から少し離れたところから俺を見ていた
俺は少し悔しくなって・・・腕を戻した
目を閉じた俺の耳に、子ども達の声、ざわめく木々の音が聞こえてきた
そして、少し埃っぽい春の風のにおいがした
「葉月君」
「ん?」
呼ばれて目を開けると・・・が俺をじっと見ていた
「どうした・・・?」
「ううん、なんでもない」
「もう飽きたか?」
問いかけに、は首を振った
俺はもう一度目を閉じた・・・・
春の日差しは、いっそう暖かさを増して行き・・・
俺はいつものように、行ったり来たりする意識を感じながら、眠りの船に乗り込もうとしていた
しばらくすると、俺の足先に何かが触れた
薄目を開けて眺めると・・・どうやらが俺の爪先を触っているらしい
なにをしてるんだ・・・あいつは
「葉月・・・君」
消えそうなくらい小さな声で俺を呼ぶ
どうやら、眠ったかどうかを確かめているらしい・・・・
俺は、の期待に応えるべく・・・眠った振りをした
すると、がさごそとシートの上でが動く音がして
今度は枕にしている腕の先端・・・肘の辺りに触れてきた
まったく・・・初めてのデートとか言いながら、結局いつもみたいにしたいんだな
そんなことを考えながら、俺はがやりたい様にさせておいた
すると・・・腕から少しずつ中心に進んだ指先は、やがて頬に到達した
「んっん〜」
俺は少し声を出して寝返りを打った
左側へと向きを変え・・・なおも寝た振りを続けると
の指先は次第に大胆さを増して、髪の中に入り込んできた
いつものように心地よいの指の動きは、俺にとっては歓迎する行動だったけれど
あまりのくすぐったさに、さすがに寝た振りを続行できなくなってきて・・
俺は急にの手をぐっと押さえて、ぱっと目を見開いた
「きゃっ!」
「え?」
突然俺に手を捕らえられたは、見る見るうちにその頬を赤く染めてゆく
ドキン
「・・・」
思わず俺は・・・そう呼んでいた
俺の目の前にいるのは、まぎれもなく高校のクラスメートのだった
「葉月・・・君」
瞬きを繰り返す俺の前で、頬を染めて俺を見つめる・・・
俺は捕まえた手を離し、身体を起こした
は・・・俺が握った手を引っ込めると、恥ずかしそうに下を向いてしまった
まるでタイムトリップしたように、はあの頃のままそこに居た
「な、何か飲むもの・・・買ってくる・・・」
「あ・・・うん、私も行こうか?」
「いや、いい・・・ここにいてくれ」
俺は立ち上がり・・・公園の入り口にある売店へと走った
走る必要なんてもんは、全くないのに・・・俺は走っていた
あの頃の服を着ているからか?
髪留めが、あの頃のものだからなのか?
それとも、葉月君って呼ばれるからなのか?
たくさんのクエスチョンマークが、頭の中に浮かんでは消えて
胸の高鳴りを抑えられない自分がそこにいた
売店で俺は、初めてのデートのあの日と同じように、サンドイッチを二つ
そして飲み物はペットボトルのミネラルウォーターを買った
広場へ戻るとはシートの上にちょこんと座って俺を待っていた
「水と・・・サンドイッチ買ってきた」
「あ、おかえりなさい」
「ん・・・」
俺は、買ってきた物を渡し、シートに座ると、すぐにペットボトルを開けて水を飲んだ
冷えた水が、喉を通り過ぎて行く・・・
は何事もなかったかのようにサンドイッチを食い始めた
一口食べるたびに「美味しい」と嬉しそうに笑顔を見せる
食べているとき、本当に幸せそうなんだよな、こいつは
そんないつもながらのの様子を見ながら・・・
ほんの少し俺は・・・冷静さを取り戻せた気がした
「葉月君、お水・・・一本だけ?」
「え?あ、そうか、もう一本買ってくればよかったのか」
「ううん、いいの、あのね・・・
葉月君がよければ、ちょっともらっても、いい?」
「ん?ああ・・・かまわない」
俺は、飲みかけのペットボトルをに差し出した
は・・・ボトルを受け取ると、少しの間、じっと飲み口を見つめていた
そして、ちらっと俺のほうを見ると、意を決したように、ボトルに口をつけた
ドキン
の唇が、ボトルに触れた途端・・・胸が苦しくなった
「ありがと、葉月君」
戻ってきたボトルを受け取った俺は・・・
がしたのと同じように飲み口をしばらくの間見つめていた
そして、視線を上げ・・・を見た
真っ直ぐにこっちを見つめると目が合った
俺は・・・ボトルに口をつけて、を見つめながら水を飲んだ
ただそれだけのことなのに・・・の頬が染まってゆくのが解った
サンドイッチを食い終わった俺達は・・・ろくに話もしなかった
同じ空間に、と一緒に居ること
それが、これほどまでに・・・新鮮に感じられたのは久しぶりだった
が何を「欲しがっていた」のか、俺にもようやくわかった気がした
「そろそろ寒くなってきたね、帰ろうか、葉月君」
俺は・・・立ち上がろうとしたの腕をひいた
「は、葉月君・・・」
「・・・欲しかったものは手に入ったのか?」
は、こくりと頷いた
俺は、の手をぐっと引き・・・ゆっくりと顔を近づけていった
丸い目が・・・真っ直ぐに俺を見ている
そして、顎に手を触れると、ぴくりとは身体を震わせた
瞳はやがて・・・瞼に隠れて行き、俺はそっと唇を重ねた
ほんの少し触れるだけの口付け・・・・
の震える唇・・・胸が苦しくなるほどの想いは、俺だけではないのだろう
「・・・俺は、おまえが好きだ」
俺は・・・の身体を引き寄せて、思い切り抱きしめた
春の風が木々を騒がせ始めるように、俺達の心にも波を立たせた
シートの上に寝転んで、風の音を聞きながら・・・ただ、ともに過ごしていたあの頃
今とは違う、大切な感情を・・・は求めていたのだろう
「ありがと、珪」
「ん・・・」
「初めてのデートごっこはもう終了」
「いいのか?」
「うん、だって、ちゅーしちゃったもん」
そう言って、は照れくさそうに笑った
「俺・・・初めてのキスみたいな気がした・・・」
「初めての・・キス?」
「ん、初めて・・・おまえにキスしたときも、今と同じで・・・」
「何々?今と同じで?」
が興味津々って顔をして覗き込んでるのを見て
何だか俺は・・・急に現実に引き戻された気がしてきた
「・・・なんでもない・・・なんか嫌いだ」
「え!?今好きだって言ったじゃん!」
「あ、あれは嘘だ、ん・・俺は大嘘つきだ」
「なにそれ!もぉぉぉぉ!」
は急変した俺の態度に腹を立てて、いつものようにポカポカと俺の胸を叩いた
俺は「やめろよ」と言いながら・・・ごと抱えて倒れこむ
シートの下で・・・芝が、ガサガサと音を立てた
「なんか、嫌いだ」
「ん〜〜っ、もぉ、意地悪ぅ!」
「・・大嫌いだよ、」
そして俺は・・・の身体をぎゅっと抱きしめる
「むぎゅー」とか「くるしー」とか
文句を言いながら、腕から逃れようとする
それでも俺はかまわずに・・・強く強く抱きしめた
「暴れると、とって食うからな」
「その台詞、珪が言うと、スッゴクやらしい!」
「ぷっはははは」
「あははは」
強くなった風の下で、俺達はバカみたいにげらげら笑った
結局、ここへ何をしにきたんだか・・・わからなくなったけど
がいて俺がいて・・・二人で笑いあえる、それでいいよな
「・・・」
「何?」
「ん・・・なんでもない」
「うん、なんでもないね」
きっと、誰にもわからないだろうけれど
今日の俺達は・・・初めてのデートを過ごした
天は青く晴れ渡り・・・風薫る、あの頃のように・・・
END
dream−menu top